2026.09.07
棚で眠る100点より、毎日見る60点
2026年6月から、天草のコミュニティFM「みつばちラジオ」(88.8MHz)で『やさしい体験をつくるラジオ』という番組を続けています。毎週金曜の14時から30分、廣瀬が単独でお話ししています。
このコラムは、その放送内容を文章に起こし直したものです。今回は第3回(6月19日放送)と第4回(6月26日放送)の2回分をまとめました。
前回のコラムの終わりで、「尖らせるためには、自分の会社の『ものさし』が要る」と書きました。うちは何を大事にしている会社なのか。どこで勝負したいのか。放送では、その「ものさし」を、「これから3年、自分の会社をどこへ持っていくのか」という地図の話としてお話ししました。むずかしい言葉で言うと、中期経営計画です。第3回が「なぜ創るのか」、第4回が「どう創るか」。二回でひとつの話です。
計画は、未来を当てる予報ではなく、自分で決める約束
「中期経営計画」という言葉は、口に出すだけで肩がこります。廣瀬も長いあいだ、そう思っていました。計画なんて、立てたところでその通りにいかない。日々の現場がこんなに忙しいのに、3年先のことを考えている暇はない。
天草の社長さんからも、同じ声をよく聞きます。3年先なんて誰にもわからないから意味がない。計画を立てる時間があったら現場で手を動かしたほうがいい。前に銀行に言われて立派な計画書を作ったが、その紙は棚の奥で眠っている。
どれも、廣瀬自身が思っていたことです。ただ、この声をよく聞くと、共通点がひとつあります。「計画」を「未来を当てるためのもの」だと思っている、ということです。3年先がわからないから意味がない。その通りにいかないから棚で眠る。全部、「計画イコール予想を当てるもの」という前提から来ています。
放送では、天気予報と約束のちがいでお話ししました。天気予報は、当たるか外れるかが大事です。約束はちがいます。「来週の日曜、子どもと海に行こうね」。この約束は当たる外れるの話ではなく、そう決めたこと自体に意味があります。決めたから準備ができる。決めたから家族が同じ日曜日を楽しみに待てる。中期経営計画は、後者です。
計画は、未来を当てる予報じゃない。未来を、自分で決める約束なんです。
「計画なんて、わざわざ書かなくても社長の頭の中にちゃんとある」という方も多い。その通りで、優秀な経営者ほど頭の中に立派な絵があります。ところが、頭の中にあるだけだと困ったことがひとつ起きます。社員さんに伝わらない。銀行さんにも、家族にも、後を継ぐ人にも伝わらない。社長の頭の中の地図は、社長にしか見えていないからです。
社長の頭の中の地図を、みんなに手渡せる形にする
第3回の中心は、天草のある水産加工の社長さんの話でした。ご本人の了解をいただける範囲でお話ししたものです。
海の幸を加工して全国に届けている、代々続く卸会社です。商品はほんとうにいい。でも社長さんは、ずっと悩んでいました。「社員が、言われたことしかやってくれない」。
社長さんの頭の中には、はっきりした絵がありました。自分たちのブランドで新しい商品を出して、下請けだけではない会社にしたい。若い人が「この会社で働いているんだ」と胸を張れる会社にしたい。聞いていて廣瀬がわくわくするくらいの、いい絵です。ただ、その絵は社長さんの頭の中にしかなく、社員さんはただの一度もそれを聞いたことがなかった。
廣瀬がやったことは、たいそうなことではありません。社長さんに、その絵をA4の紙一枚に書き出してもらった。3年後、うちの会社はこうなっていたい。そのために何を大事にして、何をやめるのか。社長さんの言葉のままで。そして社員さんを集めて、社長さんの口から話してもらいました。
最初、社員さんたちはぽかんとしていたそうです。社長がそんなことを考えていたなんて知らなかった、と。しばらくして、ひとりの若い社員さんが言いました。「社長、それなら、わたし、こういうことをやってみたいです」。続いて、ずっと黙って指示を待っていたベテランの社員さんが、「それなら、昔わしがやっていたあの方法が、また使えるかもしれんですよ」と自分の引き出しを開けた。
社長さんは、あとで廣瀬にこう言いました。「社員は、やる気がなかったんじゃなかった。どこに向かえばいいのか、教えてもらっていなかっただけだったんです」。
計画とは、新しい力を外から持ってくることではなく、もともと社内にあった力を同じ方向に向けることです。
紙一枚の効き目は、社員さんだけにとどまりません。銀行さんにとって計画書は、いちばんの説明資料です。数字は過去の通知表で、計画は未来の約束。運転資金の相談で担当の方が渋い顔をしていたのに、社長さんが紙一枚を机に置いて「うちは3年後ここを目指しています。今年はその種まきの年なんです」と自分の言葉で話したら、「そういうことなら応援させてください」と顔つきが変わった。そういう場面を廣瀬は見てきました。
計画があると、断れるようにもなります。舞い込んでくる話が「うちの目指す方向に合っているか」で判断できる。計画は、やることを決めるだけでなく、やらないことを決めるものさしでもあります。
後を継ぐ人にとっても大きい。天草のみかん農家で、先代が急に体を悪くされて息子さんが慌てて後を継いだ話も紹介しました。お父さんがどういう想いでどの畑を大事にしてきたのか、どこにも書いていなかった。「親父の頭の中を、一枚でいいから見せておいてほしかった」。計画は、いまの社員さんへの地図であると同時に、未来の誰かへの手紙です。
そして、計画を立てた社長さんたちが口をそろえて言うことがあります。「不思議と、夜よく眠れるようになりました」。行き先が決まれば、道が混んでいても遠回りになっても落ち着いていられる。計画は社長をしばるものではなく、肩の荷をおろしてくれるものです。
あの水産加工の社長さんに「あの紙を書くのは大変じゃなかったですか」と聞いたら、笑ってこう答えました。「書くのは30分でしたよ。むずかしかったのは、自分の本音と向き合うことでした」。
ぶ厚い計画書ほど、棚で眠る
ここからは第4回の内容です。「なぜ創るのか」の次は「どう創るか」。手順の話に入る前に、ほどいておきたい思い込みがひとつあります。「計画書は、ぶ厚くて立派でないといけない」という思い込みです。
何十ページもあってグラフがたくさん載った冊子を、コンサルに何十万円も払って作ってもらう。廣瀬も昔はそういうものだと思っていました。でも、何人もの経営者を見てきてはっきりわかったことがあります。ぶ厚い計画書ほど、棚で眠る。社長さん本人が覚えていられないからです。誰も中身を覚えていない計画は、ないのと同じです。
いい計画かどうかは、ページの厚さでは決まりません。社長さんが何も見ないで、社員さんに3分で話せるかどうか。「社長、うちってこれからどこを目指してるんですか」と聞かれてすらすら答えられなかったら、社長さんが悪いのではなく、計画が頭に入る形になっていないだけです。
この番組が言う「やさしい」とは、誰にとってもわかりやすい、つまり伝わるということでした。50ページの計画は社長さんにすら伝わらない。紙一枚の計画は社員さん全員に伝わる。どちらが「やさしい計画」かは、はっきりしています。
立派な計画書は、いりません。紙一枚で、社員さんに説明できれば、それで十分なんです。
紙一枚で創る、5つの手順
放送では、天草で20年続く小さな定食屋のご夫婦を思い浮かべながら手順を追いました。架空のお店です。味は評判で常連さんに支えられているが、常連さんも歳を取って来られなくなり、お客さんが減ってきた。このまま3年いったらどうなるんだろう、といううっすらした不安がある。そんなご夫婦です。
手順1 ありたい姿を決める。 3年後、うちの店はどうなっていたいか。一行で書きます。ご夫婦は最初「3年後、売上を1.5倍にする」と書こうとしました。廣瀬はちょっと待ってもらって、「その1.5倍になったお店には、どんなお客さんがどんな顔でごはんを食べていますか」と聞きました。ご主人がしばらく考えて出てきた答えは、「子どもの笑い声がする店だなあ。今は静かすぎるもんなあ」。数字ではなく、この景色のほうがほんとうのありたい姿です。売上は結果としてあとからついてきます。
手順2 今との差を見る。 ありたい姿は「子どもの笑い声がする家族連れの店」。今は「お客さんのほとんどが60代以上の常連さんで、若い家族はほとんど来ない」。この二つを紙の上と下に並べて書くだけで、「うちには若い家族に来てもらうきっかけがないんだな」と自分で気づきます。足りないことばかり書いて落ち込まないでください。20年続いている。味は常連さんが通うほど確か。3年後に向かうとき使う道具は、今持っている強みのほうです。
手順3 やることを3つに絞る。 ここが一番大事です。できることは山ほど思いつきますが、ぐっとこらえて3つだけにする。前回までの「商売の翻訳」の回でお話しした「戦略とは捨てること」と、まったく同じです。ご夫婦は、お子さま向けの小さいメニューを作る、いちばんおいしい定食を写真に撮って外の看板に出す、土曜の昼だけ家族連れが入りやすいよう席の間を広げる、の3つに絞りました。選ぶときのコツは、「いちばん効きそうなもの」ではなく「いちばんすぐできそうなもの」から。それと、「売上を上げる」は打ち手ではなく結果です。「明日の朝いちばんに何をするか」が動詞で書けていたら、それが打ち手です。奥さんが「やっぱりSNSもやったほうがいいんじゃない」と言ったとき、ご主人はこう答えました。「おれたち二人で毎日店をまわしてる。毎日やったら、たぶん続かん。続かんことを計画に入れてもしょうがない」。背伸びした3つより、自分たちが続けられる3つ。これがいちばん強い。
手順4 ざっくり数字に置きかえる。 「3年後、土曜のお昼の家族連れを、今のほぼゼロから一日5組に」「お子さまメニューはまず3種類から」。完ぺきな計算はいりません。数字にするのは、あとで自分で確かめられるようにするためです。5組が3組でも、ゼロが3になれば立派な前進です。数字は自分を責めるムチではなく、前に進んだことを喜ぶためのものです。
手順5 紙一枚にして、みんなに見せる。 ここまでをA4一枚にまとめます。手書きでいい。そして、それを関わる人に見せて、社長さんの口から話す。「うちは3年後こうなる。そのためにこの3つをやる。みんなの力を貸してほしい」。紙を見せると、相手が勝手にいいことを思いついてくれます。パートさんが「家族連れなら子ども用のいすがいりますよね。奥にしまってありますよ」と教えてくれる。これが「ともにつくる」です。60点の紙を見せて、まわりの知恵を足してもらう。
第3回の水産加工の社長さんが変わったのも、この最後の手順でした。「見せるのはこわくなかったですか」と聞いたら、「こわかったですよ。でも見せてよかった。見せるまで社員は、わたしのことを何も考えてない社長だと思ってたみたいですから」。
実の商人は、先も立ち、我も立つ
第4回の後半では、廣瀬がいつも思い出す人の話をしました。今から300年ほど前、江戸時代の石田梅岩さんです。京都で町人や商人に商いの心を説いた人で、農家の出。だから、むずかしい学者の言葉ではなく、ふつうの商人にちゃんと伝わる言葉で話しました。その梅岩さんが『都鄙問答』の中でこう言っています。
実の商人は、先も立ち、我も立つ。
「先」は相手、お客さんや取引先のこと。「我」は自分。ほんものの商人は、まず相手が立つ。相手が得をして喜んで、そのうえで自分も立つ。梅岩さんは、相手のことを考えず自分だけ儲けようとする者は商人ではなく盗人と同じだ、とも言っています。近江商人の「三方よし」も根っこは同じで、日本の商人は昔から、自分だけでなくまわりも一緒に立つことを大事にしてきました。
これは、この番組がずっと言ってきたことと同じです。
価値は、相手に届いてはじめて価値になる。
計画も同じです。社長さんの頭の中でどんなに立派でも、社員さんに届いて、社員さんが「よし、やろう」と動けて、はじめて生きた計画になります。計画づくりは新しい経営の技法ではなく、日本の商人が何百年も大事にしてきた「相手も立って、自分も立つ」という心を、紙一枚にするだけのことです。
紙一枚を作ったら、毎日目に入るところに貼ってください。人は忘れる生きものなので、引き出しにしまった瞬間、計画はなかったことになります。月に一回、5分でいいので紙を見ながら「今月この打ち手はできたかな」とふりかえる。それだけで、立てた瞬間の熱がもどってきます。
そして、計画は一度作って終わりではありません。走りながら何度でも直していい。むしろ直すことが前提です。定食屋さんのお子さまメニューも、3種類出したうち1つしか出なかったら、残りの2つはやめて、いちばん出る1つをもっとおいしくすればいい。それは失敗ではなく、計画が育っているということです。
棚で眠る100点より、毎日見る60点。計画は、走りながら、何度でも直していいんです。
この2回のまとめ
中期経営計画は、未来を当てる予報ではなく、未来を自分で決める約束。当てにいくものではなく、決めにいくもの
社長の頭の中の地図は、社長にしか見えていない。紙一枚にして手渡すと、社員も銀行も後を継ぐ人も、同じ方向を向ける
ぶ厚い計画書ほど棚で眠る。ゴールは、社員に5分で説明できる紙一枚
手順は5つ。ありたい姿を決める、今との差を見る、やることを3つに絞る、ざっくり数字にする、紙一枚にして見せる。60点で作って、走りながら直す
第4回の最後に、こんな話をしました。計画づくりは、社長さんが自分の会社をもう一度好きになる時間です。「自分はなんでこの商売を始めたんだっけ」「ほんとうはどんな会社にしたかったんだっけ」。いちばんはじめの気持ちを思い出す作業でもあります。廣瀬の最初の一枚も、休みの日に喫茶店で書いた、コーヒーのしみのついたぐちゃぐちゃの紙でした。
紙一枚ができたら、次に決めるのは値段です。第5回「『値づけ』は、いちばんやさしい伝え方」です。次回のコラムでお届けします。
番組情報
『やさしい体験をつくるラジオ』
みつばちラジオ 88.8MHz/毎週金曜 14:00〜14:30(再放送:日曜 9:00〜9:30)
ナビゲーター:廣瀬 隆彦(CX Value Lab株式会社 代表取締役)
番組へのご感想、「うちの会社の場合はどうなのか」というご相談も承っています。
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