安売りは、値段の問題ではなく、伝え方の問題
2026年6月から、天草のコミュニティFM「みつばちラジオ」(88.8MHz)で『やさしい体験をつくるラジオ』という番組を始めました。毎週金曜の14時から30分、天草で商売をされている経営者に向けて、CX Value Lab株式会社の廣瀬がお話ししています。
このコラムは、その放送を文章に起こし直したものです。今回は第5回(7月3日放送)と第6回(7月10日放送)の2回分。テーマは「値づけ」と「見せ方」、つまり値段の話です。
前回のコラムでは、紙一枚で創る中期の計画の話をしました。行き先が決まったら、次は、その行き先を、お客さんにどう伝えるか。この2回は、そこにつながる話です。
値段の話になると、声が小さくなる
自分の商品やサービスの「値段の話」が、ちょっと苦手だ。そういう方は、かなり多いのではないでしょうか。
お客さんに金額を伝えるとき、なんとなく申し訳ない気持ちになる。「高いって思われたらどうしよう」と、つい身構えてしまう。廣瀬も昔、まったく同じでした。見積りを出すとき、いちばん最後の金額の欄だけ、なぜか声が小さくなるのです。
第5回でお話ししたのは、値段をいくらにするか、という計算の話ではありません。もっと手前の話です。
価格は、あなたの価値がいちばん最初にお客さんに届く「言葉」なんです。
この番組でずっと言っている「やさしい」というのは、誰にとっても伝わる、ということ。だとすれば、値段の付け方も、立派な伝え方のひとつです。
安くするのは、いちばん簡単で、いちばん自分を削る
「うちの商品、ほんとはいいんですよ。でも、まわりが安いから、うちも下げないと選んでもらえなくて」
天草でも、ほかの土地でも、この言葉を本当にたくさん聞いてきました。そして、言っているご本人が、いちばんしんどそうなのです。
値下げは、いちばん手っ取り早い一手です。今日決めて、明日から下げられる。お客さんも、最初はよろこんでくれる。だから、つい手が伸びる。
安くするというのは、いちばん簡単で、いちばん自分を削る伝え方なんですよね。
一度下げた値段は、なかなか元に戻せません。お客さんの頭の中に「この店はこの値段」というものさしができてしまう。次に正規の値段を出すと、今度は「高くなった」と受け取られる。下げたぶん、未来の自分の首を、少しずつ絞めていくことになります。
では、なぜ私たちは、つい安くしてしまうのか。値下げは、実は「価値が伝わっていません」というサインなのだと、廣瀬は考えています。
お客さんに、うちの仕事の良さがちゃんと伝わっていれば、本当は値段以外のところで選んでもらえる。でも、伝わっていないから、いちばんわかりやすい「安さ」で勝負するしかなくなる。安売りは、商売の問題ではなく、伝え方の問題なのです。
高いか安いかを決めているのは、値段そのものじゃなくて、「伝わったかどうか」なんです。
同じ千円でも、「なんとなく千円」と「これだけのことをして千円」では、受け取り方がまるで違います。値段は同じなのに。
中身は同じでも、名前と売る場所で、届き方が変わる
番組では、実例をいくつか紹介しました。どれも「安くした」話ではありません。中身はそのままで、伝え方と売る場所を変えただけで、値段がまったく変わった話です。
ひとつめは、大分県の佐賀関の、あじとさば。「関あじ・関さば」です。獲れている魚そのものは、隣の海でとれるあじやさばと、生き物としては同じです。海はつながっていますから、同じ潮に乗って、同じ魚が泳いでいる。それなのに、「関あじ」「関さば」という名前のついた魚は、全国でずいぶん高い値段で取り引きされています。
違いは二つあります。ひとつは、名前をつけたこと。ただの「あじ」を「関あじ」にした。もうひとつは、売り方を変えたこと。昔は、間に入る仲買さんに任せて、その日の相場で値段が決まっていました。自分たちでは決められない。それを、漁協が自分たちで直接売るやり方に、少しずつ切り替えていった。誰に、どう届けるかを、自分たちの手に取り戻したのです。
中身は同じでも、「名前」と「誰に売るか」を変えただけで、価値の届き方が変わるんです。
いちごの「あまおう」も同じです。名前がつくと、お客さんが指名して買うようになります。「いちご、ください」ではなく「あまおう、ください」と。指名して買ってもらえるものには、それにふさわしい値段がつく。名前のない「ただのいちご」は、その日の相場で流れていきます。
天草に置きかえても、同じことが言えます。タコも、車海老も、晩柑も、胸を張れるものばかりです。でも、市場にそのまま出して相場で買われていくと、せっかくの良さが値段に乗らないまま流れていってしまう。獲った人、作った人の手元には、ほんの少ししか残りません。
たとえば、ある漁師さんが、自分のとったタコに「○○さんの朝獲りダコ」と名前と顔をつけて、料理屋さんに直接届けるようにしたとします。とった人の顔が見える。いつ、どこでとれたか、わかる。それだけで「どこのか、わからないタコ」とは、もう別物です。同じ天草の海のタコなのに。
売る場所の話でいうと、東北のあるお味噌・お醤油屋さんの例が印象的でした。工場のとなりに直売のお店をつくり、職人が仕込んでいる様子を見学できるようにした。すると、お客さんは買う前に、もう価値を受け取っているのです。目で見て、においをかいで、職人の手つきを見て、納得してから買う。だから、よその味噌の値段と比べられない。比べる土俵が、もう違うのです。
お客さんが「買う前に」価値を受け取れる場所をつくると、値段の主導権が、自分の手に戻ってきます。
ものを作っていない仕事にも、同じ話があります。デパートのお中元やお歳暮を配達する、ある配送会社の例です。配送は「安くしてよ」と言われやすい仕事です。その会社は、自分たちの丁寧な配達のやり方――どう箱を扱うか、どう声をかけるか、という「あたりまえ」を、すべて手順書にして取引先に配りました。
すると取引先が「そこまでやってくれているのか」と。値下げを言われなくなり、それどころか「もっと任せたい」と、配るエリアまで広がっていった。やっていることは、前から同じです。ただ、それを言葉にして見えるようにした。それだけで価格が守れたのです。
やってきたことを、言葉にして見せる。それだけで、削らずに値段が守れることが、あるんです。
いい仕事に、ちゃんと値段をつける。それも、やさしさ
第5回の後半では、明日からできることを三つ挙げました。
ひとつめは、値段のとなりに、一言を添えること。お品書き、チラシ、お見積書。「○○、千円」とだけ書いてあるところに、その値段の理由をひとこと足してみる。「朝採れの○○を使っています」「この工程だけは、いまも手作業です」「地元の○○さんから直接仕入れています」。その一言があるだけで、お客さんの中で千円の意味が変わります。値段は一円も変えていないのに、です。
ふたつめは、自分でも「あたりまえ」だと思ってやっていることを、三つ書き出してみること。あたりまえすぎて、わざわざ言ってこなかったこと。そこに、伝わっていない価値がいちばん眠っています。「そんなの、言うほどのこと?」とご本人が思っていることほど、お客さんには響きます。
みっつめは、たった一人の、いちばん喜んでほしいお客さんを思い浮かべること。みんなに好かれようとすると、値段も言葉もぼやけてしまいます。その一人に向けて値段と言葉を整えると、不思議とほかのお客さんにも伝わっていきます。
そして、第5回でいちばんお伝えしたかったのは、値づけは、突き詰めるとお客さんへの思いやりだ、ということです。
安すぎる値段は、一見やさしそうに見えます。でも、安くしすぎて続けられなくなり、店を閉めてしまったら、いちばん困るのは、それを必要としていたお客さんです。ちゃんとした値段をつけて、ちゃんと続けていく。そして「これには、これだけの価値があるんですよ」と、まっすぐ伝える。それは、相手のことを本当に思うからこそできることです。
いい仕事に、ちゃんと値段をつける。それも、ひとつの、やさしさです。
「一言を添える」と言われても、何を書けばいいのか
ここからは第6回の内容です。
放送のあと、何人かの方から「あの話、考えてみました」という声をいただきました。「うちの値段、なんとなくで決めてました」「隣に一言、書いてみようと思います」と。
そして、そういう声をいただくと、今度は次の悩みが出てきます。「一言を添えると言われても、じゃあ、何を、どう書けばいいの?」。第6回は、そこに踏み込みました。
同じ商品でも、「どう見せるか」で、価値の伝わり方は、まるで変わるんです。
いざチラシを作ろう、お品書きを書こうと机に向かうと、何を書いたらいいのかわからない。結局、商品の名前と値段だけをぽつんと並べて終わってしまう。中身はすばらしいのに、紙の上には「○○ 千円」としか書いていない。良さが、どこにも言葉になっていないのです。
なぜこうなるのか。みなさん、自慢が苦手なのです。「うちなんて、たいしたことしてませんから」「こんなこと書いたら、押しつけがましいかな」。まじめで謙虚な方ほど、そうです。
いいものを作る人ほど、その良さを、言葉にするのが、苦手だったりするんです。
でも、お客さんは心の中まで読めません。どれだけ手間をかけているか、どんな思いで作っているか、朝何時に起きて仕込みをしているか。言葉にして見せてあげないと、伝わりようがない。黙っていて伝わるのは、よほど長いおつきあいのお客さんだけです。
「売り込みっぽくなるのがいやだ」という方もいます。気持ちはよくわかります。でも、売り込みと、ちゃんと伝えることは別ものです。売り込みは、相手の都合を考えずに、こちらの言いたいことを押しつけること。伝えるのは、相手が選ぶための材料を、そっと差し出すこと。
見せ方を整えるのは、売り込みじゃなくて、お客さんが「選びやすくなる」ための、親切なんです。
中身を変えずにできる、五つの見せ方
番組では、お金も特別な道具もいらない見せ方の工夫を、五つ紹介しました。先にお断りしておくと、お客さんをだます小手先の技ではありません。すべて、本当のことを、いちばん伝わる形で見せるというだけです。
ひとつめ、三つ並べる。 お寿司屋さんやうなぎ屋さんの「松・竹・梅」です。人はひとつだけ出されると、「これ、高いのかな、安いのかな」がわかりません。比べるものがないからです。三つ並べると、お客さんは自分で選べるようになります。ここで大事なのは、いちばん高い「松」が売れなくてもいい、ということ。松があるおかげで、竹が「ちょうどいいもの」に見えてくるのです。
ひとつだけ出すと「高いか安いか」で迷う。三つ並べると、お客さんは「どれにしようか」で選べるんです。
ふたつめ、「おすすめ」と書く。 メニューにずらっと料理が並んでいると、お客さんは迷います。迷った末に、いつものを頼む。そこにひとこと、「当店いちばん人気」「迷ったら、これ」「店主のいちおし」。それがあるだけで、お客さんはふっと肩の力が抜けます。選ぶのは、実はけっこう疲れるのです。その疲れを、店の人が少し肩代わりしてあげる。
みっつめ、同じことを、言い方で変える。 お肉で「脂肪10%」と書いてあるのと、「赤身90%」と書いてあるの。どちらがおいしそうに見えるでしょうか。中身はまったく同じです。脂が一割なら、赤身は九割。でも、受け取り方はずいぶん違います。嘘はついていない。ただ、お客さんに伝わりやすい言い方を選んでいるだけです。「月に三千円」と言うか、「一日百円」と言うか、も同じ。高いものを売るときほど、お客さんがイメージしやすい小さな単位に置きかえてあげると、ぐっと伝わりやすくなります。嘘をつくのではなく、同じ本当のことを、いちばん伝わる言い方で見せるだけです。
よっつめ、主語をお客さんにする。 よくある案内は「うちは、創業五十年です」「うちは、国産の素材を使っています」と、ぜんぶ「うちは」で始まっています。これをひっくり返してみる。「創業五十年だから、あなたは安心して任せられます」「国産の素材だから、お子さんにも安心して食べさせてあげられます」。同じことを言っているのに、急に自分ごとに聞こえます。お客さんは、店の自慢話を聞きたいわけではありません。「それで、わたしにどんないいことがあるの?」。そこが知りたいのです。
お客さんが知りたいのは、あなたの自慢じゃなくて、「それで自分が、どう幸せになれるか」なんです。
いつつめ、物語を、すこし見せる。 同じ湯のみが二つあるとします。ひとつは「湯のみ 三千円」とだけ書いてある。もうひとつには「七十をすぎた窯元のご主人が、ひとつひとつ手でひいています。同じものは、ふたつとありません」と書いてある。ものは同じです。土も、形も、値段も同じ。でも、後ろの湯のみには、作った人の顔と時間が見えます。そのひとことがあるだけで、ただの器が「あの人が作った、ひとつだけの器」になる。
お客さんは、ものだけじゃなくて、その奥にある「物語」を、受け取っているんです。
むずかしい物語でなくて構いません。なぜこれを始めたのか。どこがいちばん苦労したのか。どんな人に使ってほしいのか。うまい文章でなくていい。むしろ、たどたどしくても、本当の言葉のほうが人の心には届きます。
天草の干物で考えてみます。お土産屋さんの棚に「干物 ○○円」とだけ並んでいると、よその干物と見分けがつきません。それを、こうしてみる。「天草の海で朝獲れた魚を、その日のうちに、おばあちゃんが一枚いちまい開いて、潮風で干しました」。ぜんぶ本当のことです。盛っていない。いつものあたりまえを言葉にしただけ。でも、それだけで、その干物はよその棚の干物とは、もう別物になります。
五つとも、中身は一ミリも変えていません。変えたのは、見せ方と言葉の選び方だけです。
見せ方を整えて、いちばん楽になるのは、自分
第6回でお話しした、明日からできることも三つです。
いちばん見てほしいものに「おすすめ」と書く。「どれも自信があって、ひとつにしぼれない」という方もいます。でも、ぜんぶがおすすめだと、お客さんからは結局どれもふつうに見えてしまいます。あえてひとつ選ぶのは、ほかを下げることではなく、お客さんの最初の一歩をつくってあげることです。
「うちは」を「あなたは」に書きかえてみる。いまある案内から「うちは」「当店は」で始まる文を探し、主語を入れ替えて書きなおす。書きなおしたら、前のものと見くらべてください。その違いを自分の目で感じることが、いちばんの練習になります。
誰かに、声に出して読んでもらう。地味ですが、いちばん効きます。家族でも従業員でもいいので読んでもらい、「へえ」「これ、いいね」と反応したところに印をつける。すっと読み飛ばされたところは、たぶん伝わっていません。できれば、商売のことをいちばん知らない人に読んでもらうともっといい。詳しい人は、書いていないことまで頭の中で補って読んでしまいます。いちばんわかっていない人に伝わる言葉が、いちばんやさしい言葉です。
そして、見せ方を整えると、実はいちばん楽になるのは、つくっている本人です。
良さが伝わっていないと、毎回毎回、口で説明しなければいけない。値段を見てお客さんが困った顔をするたびに、こちらが申し訳ない気持ちになる。これはしんどい。でも、紙の上でちゃんと良さが伝わっていれば、お客さんは納得して来てくれる。値段でもめることも減る。値切られて、削られて、しんどい思いをすることも減っていきます。
わかりやすく見せるというのは、お客さんを迷わせない、という、やさしさなんです。
CX Value Labは、「共感と思いやりに満ちた、やさしい社会をつくる」ことを会社の目的に掲げて活動しています。やさしい、というのは、誰にとっても伝わる、ということ。だとすれば、値づけも、見せ方も、その伝え方のひとつのかたちです。
価値は、相手に届いて、はじめて、価値になる。
天草には、いいものが、いい仕事が、いい人が、本当にたくさんあります。でも、その良さが値段に乗っていない。言葉になっていない。お客さんに届いていない。それが、もったいなくてしかたがないのです。
この2回のまとめ
安売りは、商売そのものの問題ではなく、「価値が伝わっていません」という伝え方のサイン。削る前に、まず伝える
関あじ、あまおう、味噌屋、配送会社。中身を変えなくても、名前・伝え方・売る場所を変えれば、価値の届き方は変わる
見せ方の工夫は五つ。三つ並べる、「おすすめ」と書く、言い方を変える、主語をお客さんにする、物語をすこし見せる。どれも紙の上の工夫だけでできる
明日からの一歩は、値段のとなりに一言を添える、いちおしをひとつ決める、声に出して読んでもらう。お金も特別な道具もいらない
値段の伝え方と見せ方を整えたら、次に知りたくなるのは、それがお客さんにどう届いたのか、です。次回は第7回「お客さんの『声』を、どう聞くか」。お客さんへの聞き取りや口コミの中に、本当の気持ちはどこに隠れているのか。それをどう商売に生かすのか。そんな話をお届けします。
番組情報
『やさしい体験をつくるラジオ』
みつばちラジオ 88.8MHz/毎週金曜 14:00〜14:30(再放送:日曜 9:00〜9:30)
ナビゲーター:廣瀬 隆彦(CX Value Lab株式会社 代表取締役)
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