AIは、仕事を奪わない。仕分けてくれる
2026年6月から、天草のコミュニティFM「みつばちラジオ」(88.8MHz)で『やさしい体験をつくるラジオ』という番組を続けています。毎週金曜の14時から30分、天草で商売をされている経営者に向けて、CX Value Lab株式会社の廣瀬がお話ししています。
このコラムは、その放送を文章に起こし直したものです。今回は第9回(7月31日放送)と第10回(8月7日放送)の2回分。テーマは、この番組を聴いてくださる社長さんたちがいちばん「うっ」となる言葉、AIです。
前回までは、値づけ、見せ方、聞き方、口コミと、人と人のあいだで価値をどう届けるかという話をしてきました。ここからの2回は、そこに新しい道具が入ってきたとき、経営者は何をすればいいのかという話です。結論から言うと、AIは経営者にとってチャンスです。身構えなくていい。その理由を、天草で実際に起きたことから書いていきます。
怖かったのは、AIではなかった
「うちみたいな小さい会社には関係ないでしょう」「なんだか難しそう」「そういうのは若い者に任せておけばいい」。廣瀬が天草でお会いする社長さんの、十人のうち八人はそうおっしゃいます。白状すると、廣瀬自身も最初は身構えていました。だから、上から「AIを勉強しましょう」と言うつもりはまったくありません。
6月と7月、天草の経営者の集まりで、スマホで無料で使えるAIを実際に触ってみる体験会をやらせてもらいました。参加された方の8割から9割が、その日、生まれて初めてAIに触りました。
最初はみなさん、こわごわです。スマホをちょっと遠ざけて持つような感じで、「変なことを打ち込んだら怒られるのではないか」という空気でした。そこで「今いちばん困っていることを、そのまま打ち込んでみてください」とお願いすると、ある社長さんが「従業員がなかなか定着しない。どうしたらいいか」と打ち込んだ。AIがわっとそれらしい答えを返してくる。その瞬間の社長さんの顔を、廣瀬は忘れられません。「おお」と、ちょっと笑って。
ここで気づいたことがあります。みなさんが怖がっていたのは、AIそのものではなかった。
AIが怖いんじゃない。「自分だけが、わかっていない」という状態が、怖いんです。
まわりはみんな知っているような顔をしている。ニュースでも若い人たちも当たり前のように話している。でも自分はよくわからない。この、置いていかれる感じが怖かったのです。
これはAIに限った話ではありません。たとえば決算書。数字が読めなくて税理士さんに丸ごとお任せし、通帳の残高だけを見て経営している社長さんは、天草にも本当に多い。「わかっている人」と「わからない人」のあいだに見えない段差があって、その段差のせいで大事な判断を人任せにしてしまう。
この番組は「情報の非対称性をなくす」番組だと言い続けてきました。むずかしい言葉ですが、噛みくだくと「知っている人と知らない人のあいだにある、見えない段差」のことです。そしてAIは、この段差を埋めるのがすごく得意な道具なのではないか。廣瀬はそう思い始めています。
さっきの社長さんも、ずっと自分の胸の中だけにあったモヤモヤを、初めて言葉にして外に出した。そうしたら返事が返ってきた。たったそれだけのことで、あんなにほっとした顔になった。わからないことを、わからないまま抱えるのではなく、聞ける相手ができる。それだけで人はやさしい気持ちになれるのだと思いました。
AIは、賢くなるための道具ではなく、「伝わる」をつくる道具
第9回では、廣瀬が毎年通っているグロービス経営大学院の「あすか会議」で聞いてきた話も紹介しました。AIを実際につくったり大きな会社に入れたりしている第一線の方々の話で、いちばんハッとしたことをひとつだけ、天草の言葉にしてお伝えします。
ある方がこう言いました。「AIを"使う"だけでは、会社はたいして変わらない」。
たとえばものを作る仕事で、実際に手を動かして作っている時間は全体の二割くらいだそうです。残りの八割は何をしているか。打ち合わせ、確認、報告、根回し。つまり「調整」です。だから作る作業の二割をAIで速くしても、残りの八割がそのままなら、会社全体ではたいして変わらない。
これを聞いて、廣瀬は天草の社長さんたちの顔が浮かびました。中小企業こそ、この調整と確認のかたまりです。「あの件、どうなっていた?」「それは山田に聞いてくれ」「社長にしかわからない」。こういうやりとりで一日が溶けていく。
その方が挙げた、いちばん効果的な打ち手はこうです。会社の中の情報を一か所に集めて、「人に聞かなくても、AIに聞けばわかる」状態をつくる。会議の資料も、これまでの経緯も、決めごとも、ぜんぶ一か所に集めておく。そうするとAIがそれを読んで答えてくれる。「あれ、どうなっていたっけ」を人に聞きに行かなくてよくなる。
これはまさに、情報の非対称性をなくすということそのものです。
AIは、賢くなるための道具じゃなくて、「伝わる」をつくる道具です。
社長の頭の中にしかなかったこと。ベテランの職人さんの、体でおぼえた勘。事務所のあの人にしかわからない段取り。そういう「その人だけのもの」だったことが、みんなに伝わる形になる。価値は、その人の中にしまってあるだけでは、まだ価値ではありません。相手に伝わって、はじめて価値になる。番組でずっと言ってきたことと、まったく同じでした。
もうひとつ、その方が大事なことを言っていました。「AIに入れる情報が雑だと、AIの答えも雑になる」。ぐちゃぐちゃのメモを放り込んでもいい答えは返ってこない。ちゃんと整理して、いい形で入れてあげると、AIはびっくりするくらい賢く答える。相手に伝わるように言葉にして、整えて、渡す。人に対しても、AIに対しても、そこはまったく同じです。
体験会を実際にやってみて、廣瀬がはっきり確信したことがあります。AIは、これからの経営者にとって大きなチャンスだということ。なにより使い心地がやさしい。むずかしい操作はいらず、思ったことを文字で打つか、声で話しかけるだけ。しかも、こちらの問いかけしだいで返ってくるものがぐんと良くなる。社長の仕事はいい問いを立てて人に動いてもらうことですから、AIとは相性がいいのです。
ただし、ひとつだけ気をつけたいことがあります。AIは「二次情報の蒸留器」です。世の中にすでにある情報をぎゅっと煮詰めて、きれいに出してくれる。だから便利で、それらしく聞こえる。裏を返せば、まだ世の中にない新しいこと、その現場に足を運んだ人にしかわからないことは、AIの中にはありません。天草のことは、天草に来て、あの人に会って、あの海を見て、はじめてわかる。AIの答えを鵜呑みにしてわかった気になるのが、いちばん危ない。
第9回の明日からの一歩は、ふたつでした。まず社長ご自身が、スマホで一回触ってみること。社長が「わからん」と言って触らないと、社員さんも絶対に触りません。そして、頭の中にある「うちの会社のこと」を少しずつ書いて集めておくこと。うちの強み、よくある困りごと、お客さんにいつも聞かれること。あとでAIに読ませると、ぐっと賢く答えてくれるようになりますし、それ自体が会社の目に見えない財産になります。
「結局、AIには何をやらせればいいの?」
ここからは第10回の内容です。
第9回の放送のあと、体験会でお会いした社長さんたちから、次の質問をいただきました。「廣瀬さん、触ってみたよ。で、結局、AIには何をやらせればいいの?」。それからもうひとつ。「何でもできるなら、うちの社員の仕事、なくなるんじゃないの?」。
この2つの質問、すごくよくわかります。廣瀬も最初、同じところで止まりましたから。先に結論から言います。
AIは、仕事を奪いません。仕事を、仕分けてくれるんです。
AIに任せていい仕事と、人がやるからいい仕事。この2つに、仕事がくっきり分かれていく。第10回は、その仕分けのものさしを2本、持って帰っていただく回でした。
その前に、なぜ「何に使えばいいか」で止まってしまうのか。廣瀬も昔、新しい道具が出るたびに「すごい」と感心して、次の日から使わない、ということのくり返しでした。触ってはみたけれど、自分の仕事とつながらない。アカウントを作ったことすら忘れて、たまに届くお知らせのメールで思い出す。
止まってしまう理由は、「道具の側」から考えているからです。「AIには何ができるんだろう」と機能をながめるのは、道具屋さんのカタログをながめているのと同じで、それだけでは自分の仕事は一歩も進まない。
道具の側から考えると、迷います。自分の仕事の側から考えると、決まります。
順番が逆なのです。見るべきはAIではなく、自分の仕事のほう。きのう一日、自分が何をやったか。社員のみんなが何に時間を使っているか。そのひとつひとつに対して「これは任せていい仕事か、人がやるからいい仕事か」と問いかけていく。
そして「社員の仕事がなくなるのではないか」という心配にも、先にお答えしておきます。仕分けをすると、仕事はなくなりません。むしろ逆のことが起きます。人にしかできない仕事が、はっきり浮かび上がってくるのです。
仕分けのものさしは、2本だけ
1本目のものさしは、「その仕事は、"調べて、整える"仕事ですか?」
AIは二次情報の蒸留器だと言いました。焼酎の蒸留と同じ理屈で、もとになるもろみがあって、そこからぎゅっといいところを抽出する。つまりAIが得意なのは、すでにどこかにある情報を「調べて」、使いやすい形に「整える」こと。ここが得意中の得意です。
お客さんへの案内文の下書き。お知らせの文章のたたき台。打合せの録音からの議事録まとめ。ばらばらになっている料金表の整理。お客さんからよく聞かれる質問と、その答えの下書き。ちらしの文面の案出し。こういう仕事は、安心してAIに任せてください。
ここでひとつだけコツがあります。いま、わざと「下書き」「たたき台」という言葉をくり返しました。
AIに任せるのは、「完成品」じゃなくて、「たたき台」。最後のひと筆は、あなたが入れるんです。
たたき台があるのとないのとでは大違いです。まっ白な紙を前にうんうんうなっていた1時間が、たたき台を赤ペンで直す10分に変わる。でも、最後の「よし、これでいこう」という判断と、自分の言葉に直すひと手間。ここだけは手放さない。前回お話しした「鵜呑みにしない」という注意とつながるところです。
廣瀬自身も、文章の下書き、調べものの整理、資料の骨組みづくりは、ずいぶんAIに任せています。正直に言うと、この番組の台本づくりもAIに手伝ってもらっています。話したいことを伝えてたたき台を作ってもらい、最後に自分の言葉に直していく。おかげで浮いた時間で何をしているかというと、天草に行き、お客さんに会って直接話をしています。現場を見に行っています。ここが、2本目のものさしにつながります。
2本目のものさしは、「その仕事は、"心を、通わせる"仕事ですか?」
お店に常連さんが入ってこられた。顔を見て「いつものですね」とひとこと声をかける。その方のきょうの表情がちょっと疲れて見えたから、「無理しなさんなよ」とつけ加える。これ、AIに任せられますか。
任せられない、んじゃないんです。人がやるから、「価値がある」んです。
ここが、第10回でいちばんお伝えしたいところです。旅館の女将さんがお客さんのお見送りのときにかけるひとこと。職人さんが長年の手の感覚で「きょうはこれでよし」と決める、あの勘。お叱りをいただいたときに、まっすぐ頭を下げに行くこと。社員と向き合って話を聞く時間。こういう仕事は、AIができないから人がやるのではなく、人がやるからこそ相手に価値が届く仕事です。
みなさんの商売の値打ちはどこにあるか。けさの天草の海の色。市場で目利きした魚の顔つき。お客さんのちょっとした表情の変化。社員のきのうときょうの様子の違い。ぜんぶ、現場にしかない情報です。むずかしい言葉で一次情報と言いますが、要するに、その場にいた人にしかわからないことです。
一次情報は、現場にしかありません。そこが、あなたの会社の値打ちです。
ひとことで言うと、こうなります。
AIに任せていいのは、「調べて、整える」仕事。人がやるからいいのは、「心を、通わせる」仕事。
ここからが、冒頭の心配へのほんとうの答えです。仕分けをすると、社員のみなさんの時間が、書類づくりや調べものから少しずつ解放されていく。その浮いた時間は、お客さんの顔を見る時間に戻っていきます。電話の向こうのお客さんの声をちゃんと聞く時間に。売り場でもうひとこと添える時間に。
「事務の子の仕事がなくなるのでは」という話で言えば、たしかに案内文や書類のたたき台はAIが作ってくれるようになる。でも、電話口の声の調子で「あ、この方、何かお急ぎだな」と気づけるのは、あの方です。常連さんのお名前と顔がぜんぶ一致しているのも、あの方。それは会社にとって替えのきかない仕事で、書類から解放された分、その力をもっと発揮してもらえる。
CX Value Labが大事にしている価値観は3つあります。思いやる。こころ通わせる。ともにつくる。第10回はまさに2つ目、「こころ通わせる」の話でした。AIに調べて整える仕事を任せる目的は、楽をすることではありません。人が、心を通わせる仕事に戻るためです。
明日の朝、紙とペンで10分
第10回の明日からの一歩は、道具もお金もいりません。紙とペンだけ。名づけて「仕事の仕分けワーク」です。
まず、あしたの朝、仕事を始める前の10分。きのう一日、自分がやった仕事を思い出せるだけ紙に書き出します。「見積もりを書いた」「銀行に行った」「常連さんと話した」「請求書を作った」。そんな調子で10個でも15個でも。
書き出せたら、そこにものさしを2本当てていきます。「これは調べて整える仕事かな?」と思うものに丸。案内文づくり、議事録、料金表の整理。「これは心を通わせる仕事かな?」と思うものには二重丸。お客さんとのやりとり、社員との面談、お詫びの電話。こちらは、あなたと社員のみなさんの宝物のほうです。
すると、一枚の紙の上に、あなたの一日がくっきり2色に分かれて見えてきます。おそらくはじめて、ご自分の仕事をそういう目でながめることになると思います。廣瀬も最初にやったとき、「調べて整える」に丸がつく仕事が思った以上に多くて驚きました。
最後の仕上げは、丸をつけた仕事の中からひとつだけ、いちばん気楽なものを選んで、AIに試しに頼んでみること。「お盆の営業時間のお知らせ文を書いて」で十分です。頼み方がふわっとしていると答えもふわっと返ってきますが、それも大事な発見のうち。2回、3回と言い直せば、ちゃんと近づいてきます。
まず、紙に書き出す。仕分けは、そこから始まります。
それから、ぜひこのワークを社員のみなさんと一緒にやってみてください。そのときにひとこと添えてほしいのです。「これは、あなたの仕事をなくす話ではない。あなたにしかできない仕事に、時間を返すための話だ」と。DXやAIの導入は、社員の方も不安に感じるものです。道具の話の前に、まず相手の不安を思いやる。そこからです。
仕分けをやってみると、「これ、どっちだろう」と迷う仕事もきっと出てきます。そういうときは、こう問いかけてみてください。「この仕事、相手の顔が浮かぶかな?」。お客さんなり社員さんなり、誰かの顔が浮かんだら、それは人の仕事。浮かばなかったら、AIに試しに頼んでみる。廣瀬はそうやって決めています。
この2回のまとめ
AIが怖いのではなく、「自分だけがわかっていない」状態が怖い。AIは、知っている人と知らない人の段差を埋める道具で、経営者にとってチャンス
AIは二次情報の蒸留器。一次情報は現場にしかなく、そこがあなたの会社の値打ち。答えを鵜呑みにしない
AIは仕事を奪わず、仕分けてくれる。ものさしは2本。「調べて整える」仕事はAIに、「心を通わせる」仕事は人がやるからいい
明日からの一歩は、まず社長が一回触る、うちの会社のことを書いて集めておく、そして紙に一日の仕事を書き出して、ひとつだけAIに頼んでみる
一次情報は現場にしかない、と書きました。社長さんの頭の中にある勘とコツ、職人さんの腕の中にある技も、いまはその人の中にしかありません。もしその方がいなくなったら、どうなるか。次回は第11回「会社の"勘とコツ"を、残す」。あなたの会社の目に見えない資産を、次の代につなぐ話です。
番組情報
『やさしい体験をつくるラジオ』
みつばちラジオ 88.8MHz/毎週金曜 14:00〜14:30(再放送:日曜 9:00〜9:30)
ナビゲーター:廣瀬 隆彦(CX Value Lab株式会社 代表取締役)
番組へのご感想、「うちの会社の場合はどうなのか」というご相談も承っています。
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